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広島地方裁判所 昭和53年(行ウ)20号 判決

原告

仁井田教一(X)

被告

広島県知事 竹下虎之助(Y)

右指定代理人

岩佐榮夫

多田純明

有木茂行

主文

一  被告が昭和四四年七月七日付けで別紙目録(一)、(二)記載の土地について原告に対しなした換地処分に伴う清算金決定処分を取り消す。

二  原告のその余の請求に係る訴えをいずれも却下する。

三  訴訟費用は五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項同旨

2  被告が原告に対し昭和四四年七月七日付けでなした別紙目録(三)ないし(五)記載の土地(以下「本件従前の土地(三)ないし(五)」という。)の借地権について原告に対しなした換地処分に伴う清算金決定処分を取り消す。

3  被告は、原告に対し、金九二九万三四二五円を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

1 請求の趣旨第2、3項の請求に係る訴えをいずれも却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案の答弁)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、広島平和記念都市建設事業西部復興土地区画整理事業(一工区、以下「本件土地区画整理事業」という。)の施行者であり、原告は、右事業の施行地区内にある別紙目録(一)、(二)記載の土地(以下「本件従前の土地(一)、(二)」という。)の所有者であり、昭和二一年一二月ないし昭和二二年一月ころ同施行地区内にある本件従前の土地(三)ないし(五)を所有者の訴外古川久吉より建物所有の目的で賃借し、被告に右借地権の届出をしていたものである。

2  被告は、昭和四四年七月七日付けで原告に対し、本件土地区画整理事業の施行として、別表1の換地明細記載のとおり、本件従前の土地(一)、(二)につき換地処分(以下「本件第一換地処分」という。)をなし、これに伴い、同表の清算金明細記載のとおり清算金三二万二九六五円を交付する旨の清算金決定処分(以下「本件第一清算金決定処分」といい、右両処分を併せて「本件第一処分」という。)をし、別表5記載のとおり本件従前の土地(三)ないし(五)の借地権につき換地処分(以下「本件第二換地処分」という。)をなし、これに伴い、同表記載のとおり清算金一一万八〇二五円を徴収する旨の清算金決定処分(以下「本件第二清算金決定処分」といい、右両処分を併せて「本件第二処分」という。)をした。

3  しかしながら、本件第一、第二清算金決定処分には、次のような違法がある。

(一) 被告は、本件土地区画整理事業に当たり、民有地につき大巾な減歩を行い、広大な公共用地を取得した。

憲法二九条は、財産権は、これを侵してはならない(一項)、私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる(三項)と規定しているが、土地区画整理事業における清算金制度は、土地収用法における損失補償制度と同様、右規定に基づくものである。

したがつて、原告は、右減歩に伴い、当然、正当な補償を受ける権利を有するが、本件第一、第二清算金決定処分においては、右正当な補償がなされていないから、右各処分は、憲法二九条に違反する。

(二) 本件従前の土地(一)ないし(五)の加算地積の計算に誤りがある。

(三) 被告が土地価格の評価方法として採用した路線価式評価法は、土地を不当に安く評価するものであつて、合理性がない。

(四) 従前の土地の評価は、賃貸価格に一定の倍率を乗じる方法を用いて算出すべきであるが、被告は、右方法を用いていない。

(五) 被告がした換地の路線価格の評価が非常に低く押えられている。

(六) 被告が採用した比例清算方式における比例比率に誤りがある。

(七) 被告は、本件第一、第二清算金決定処分の清算金算出の基準時を昭和三〇年三月としているが、本件第一、第二換地処分時である昭和四四年七月とすべきである。

(八) 昭和三〇年三月を清算金算定の基準時とする場合には、その時から換地処分時までの利息を復利計算して付すべきである。

(九) 被告は、本件第二清算金決定処分において、借地権価格の割合を土地価格の四割と評価しているが、右評価は不当に低い。

4  本件第二換地処分に伴い、原告に交付されるべき正当な清算金を中国不動産研究所の地価図により計算すると、九一六万五三二〇円となり、被告は、これに本件第二清算金決定処分の徴収清算金一二万八一〇五円を加えた九二九万三四二五円を原告に支払う義務がある。

5  原告は、昭和四四年八月三〇日、本件第一、第二処分について建設大臣に対し行政不服審査請求をしたが、いまだ、裁決がない。

なお、右審査請求の対象として本件第二処分が明示されていないとしても、右処分は、右審査請求の対象として掲げられている「換地計画」ないし「換地処分全体」の中に含まれているから、右処分についても審査請求がなされたものというべきである。

仮に、右審査請求の中に本件第二処分が含まれていないとしても、原告が同処分についても審査請求をしたものと考えたことには落度はなく、出訴期間を徒過したことについて正当な理由がある。

6  よつて、原告は、被告に対し、本件第一及び第二清算金決定処分の取消し並びに清算金九二九万三四二五円の支払を求める。

二  被告の本案前の主張

1  本件第二清算金決定処分の取消請求に係る訴えについて

(一) 原告適格

本件従前の土地(一)、(二)の借地人は、訴外広島戦災者同盟であつて、原告ではなく、本件第二清算金決定処分は、右同盟に対してなされたものである。したがつて、原告は、かかる第三者に対する処分の取消しを求める原告適格を有しない。

(二) 出訴期間

原告は、昭和四四年八月三〇日、建設大臣に対し行政不服審査請求をした旨主張しているが、右審査請求の対象は、本件第一処分のみであつて、本件第二処分は含まれていない。したがつて、本件第二処分の通知書は、昭和四四年七月七日ころ原告に送付され、原告は、そのころ右処分があつたことを知つたから、本件訴訟提起当時、既に行政事件訴訟法一四条一項の出訴期間が経過していたことが明らかである。

2  被告に対し清算金の支払を求める訴えについて

右訴えは、行政処分を経ることなく行政庁に一定の給付を求める点において、また、民事上の権利義務の主体となり得ない行政機関を相手方として金員の支払を求める点において不適法である。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち被告が本件土地区画整理事業の施行者であること、本件従前の土地(一)ないし(五)が右事業の施行地区内にあり、原告が本件従前の土地(一)、(二)の所有者であつたことは認め、その余は否認する。本件従前の土地(三)ないし(五)の賃借人は、権利能力なき社団である訴外広島戦災者同盟である。

2  同2の事実のうち被告が原告に対し本件第一処分をしたことは認めるが、その余は否認する、本件第二処分は、訴外広島戦災者同盟に対してなされたものである。

3  同3の(一)のうち憲法二九条に原告主張のとおり規定されていることは認めるが、その余は争う。

同(二)は否認する。

同(三)のうち被告が路線価式評価法を採用したことは認めるが、その余は争う。

同(四)ないし(六)はいずれも争う。

同(七)のうち被告が清算金算定の基準時を昭和三〇年三月としたことは認めるが、その余は争う。

同(八)は争う。

同(九)のうち被告が借地権価格の割合を四割と評価したことは認めるが、その余は争う。

4  同4は争う。

5  同5の事実のうち原告が本件第一処分について建設大臣に対し行政不服審査請求をしたが、いまだ裁決がないことは認めるが、その余は否認する。

四  被告の主張

1  土地区画整理事業の目的と清算金のあり方

(一) 土地区画整理事業は、都市計画区域内の土地について公共施設の整備改善をするとともに、土地の区画形質の変更をすることによつて土地の利用の増進と健全な市街地の造成を目的としている(土地区画整理法(以上「法」という。)一、二条参照)。

本件土地区画整理事業においても、道路、公園等の公共施設の新設又は変更のために相当の地積があてられているけれども、これは、戦災によつて灰燼に帰した広島市を復興し、健全な市街地の造成と宅地の利用の増進を図るためであるから、土地所有者らは、所有権に内在する社会的制約としてそれによる減歩を受忍しなければならないのである(憲法二九条二項)。

しかも、本件土地区画整理事業においては、地積は減少したが、宅地の利用価値が全体的に増加したために、法一〇九条に規定される減価補償金の問題も生じ得ないのであるから、本件土地区画整理事業による土地の減少は、憲法二九条一項にいう財産権の侵害とはならないのである。

(二) しかしながら、他方において、法は、区画整理事業に伴う換地処分が私有財産権を制限する側面を有することにかんがみ、各筆の換地を定めるにつき、右換地処分による私有財産権の制限が許容される限度について特に定めを設け、右換地処分は、いわゆる「照応の原則」に適合するものでなければならないとした(法八九条一項)。ここでいう「照応」とは、他の土地と無関係に当該土地が換地の前後を通じてその利用価値に係る状況がほぼ同一であればよいというにとどまらず、各換地相互の相対的価値に係る均衡という観点からの照応をも含むものである。

換地処分が「照応の原則」に適合し、したがつて適法な処分であつても、換地設計の技術上の制約等から、従前地の利用価値に係る状況と換地のそれとが完全に一致することは一般的にあり得ない。しかし、このような不一致によつて生ずる不均衡は、前述したとおり、健全な市街地の造成という土地区画整理事業の目的(法一条)にかんがみ、財産権に本来内在する制約として国民が受忍すべきものであり、この意味において、右の程度の不均衡については、憲法二九条との関係では、補償の問題を生ずる余地はない。右の不一致のうちどの程度の不均衡を是正するか、是正するとすればその是正をどのような方法によつてするかは、憲法上の問題ではなく、すぐれて立法政策の問題である。右の立法政策として、現行法は、権利者相互間の公平を図るため、その相互間における清算金の徴収、交付という是正方法を採用したのである(法八七条三号、九四条、一一〇条)。換言すれば、法九四条の清算金の徴収、交付の制度は、換地処分における従前地と換地が照応し、したがつて適法な換地処分であることを前提とした上で、照応の原則に違反しない程度の若干の各換地相互の不均衡を是正するための制度である。

2  本件土地区画整理事業における清算金の算定方法は、次に述べるとおりである。

(一) 路線価式評価法

本件土地区画整理事業においては、換地前後の各土地ともその評価につき路線価式評価法を用いた、右評価法は、一個の街郭に属する画地の画一性に基づいて、街路ごとにこれに接する標準地を選定し、その単位面積に対する価額(路線価格)を定め、これを基礎としてこれに個々の画地の特殊性に基づいて増減する価額を付加又は控除して算出する方法である。土地区画整理事業においては、大量の筆数の土地について一定の基準時における価格を公平かつ迅速に算定する必要があるが、右評価法は、広範囲にわたり多数の土地を評価する場合、客観的かつ合理的に、しかも能率的に評価できる点において、最も優れた理論的、科学的方法である。

(二) 土地区画整理後の路線価決定の経緯

本件土地区画整理事業における整理後の土地の路線価は、次のような経緯を経て決定された。

(1) 基準点

昭和三一年五月から七月にかけて開かれた評価員会において、まず施行地区内の幹線街路の中から抽出した約一二〇箇所の標準画地につき、売買実例等に基づき、各評価員の算術平均値をもつて各箇所ごとの評価額を算出した(当時の施行地区内における最高地は、十日市交差点東南角であつて、坪当たり六万六一〇〇円であつた。)。

(2) 路線価(係数)の算出

次に、建設省指示による「路線価算定要領」によつて、施行地区内全路線について、路線価を構成する街路係数、接近係数、宅地係数ごとに係数を算出した。これらの係数の合計が路線価(係数)である。かかる方法によつて算出された前記十日市交差点東南角の路線価(係数)は、一七・〇〇八となつた。

(3) 路線価格

右十日市交差点東南角における評価額は、坪当たり六万六一〇〇円であり、その路線価係数は一七・〇〇八であつたから、この比はおおむね四〇〇〇対一となる。各路線について、以上の方法によつて路線価(係数)を算出し、これを四〇〇〇倍して各路線価格を定めた。

(4) 路線価指数の決定

右路線価式評価法は、前記のとおり能率的かつ合理的である反面、機会的になるという欠点を有するため昭和三四年九月から同三五年二月にかけて数回にわたり評価員会を開き、その答申に基づいて、右(3)による路線価格に達観方式による修正を加えた。その結果、昭和三二年一二月末現在における施行地区内の最高地十日市交差点では、修正後の路線価格は坪当たり七万二〇〇〇円とされたので、この路線価格七万二〇〇〇円を指数一〇〇〇点に置き替えた、各路線についても右修正後の路線価格から次式により路線価指数を求め、「路線価指数図」を作成した。

各路線の路線価格÷七二=当該路線の路線価指数

(5) 路線価指数一点当たりの換算単価

右(4)によつて決定した昭和三二年一二月末現在における路線価格を、不動産研究所発表の「全国市街地価格上昇指数表」によつて昭和三〇年三月現在に時点修正した。修正後の十日市交差点の価格は、坪当たり四万三二〇〇円となつた。そこで、昭和四二年四月評価員会に諮つて路線価指数一点当たりの単価を四三円二〇銭と決定した。その算出方法は、次のとおりである。

昭和三〇年三月の指数 一〇〇

昭和三二年一二月の指数 一六八・五

そこで、昭和三二年一二月を一とすると、昭和三〇年三月は約〇・六(一〇〇÷一六八・五=〇・五九三)となる。

最高地七万二〇〇〇円×〇・六=四万三二〇〇円

よつて、指数一点当たりの単価は四三円二〇銭(四万三二〇〇円÷一〇〇〇点)となる。

右のような時点修正を行つた理由は、次のとおりである。

清算金をいつの時点を基準として算定すべきかについて、法は、何ら明文の規定を設けておらず、評価時点をいつにするかは、施行者の合理的裁量に委ねられている。ところで、清算金制度は、土地区画整理事業の施行による宅地の利用増進という事業効果を施行地区内の宅地等の権利者に不均衡が生じないように還元するものであるところ、事業の効果が表面化してきた時点において、既に換地相互間の不均衡は生じているといえるから、右の不均衡を是正すべき清算金は、不均衡が現実化した時点において生ずべきものである。そして、事業効果の表面化する時点とは、工事の概要が現実に明らかになつた工事概成時であるから、清算金算出の基準時は、工事概成時とするのが最も合理的である。本件土地区画整理事業においては、昭和三〇年三月ころには、おおむね仮換地上への建物の移転ないし街路工事も完成し、ほとんどの土地所有者も、同時点において事実上権利関係が確定したものとしていたから、右時点を工事概成時として、右時期における時価相当額をもつて清算金算定のための評価額とするのが最も合理的である。

(三) 換地の評価

各換地の評価は、右路線価を基礎として、個々の換地の特殊性に基づき、奥行逓減、側方路線影響、三角形地逓減などの各要素により加減して算出した。

(1) 奥行逓減率

同じ街路で同一路線に面する宅地でも、その奥行に相違がある場合は、単位面積当たりの価格が異なつてくることは実際的にも理論的にも考えられることである。一般にその宅地が利用する道路に近い部分は大きく、漸次これを遠ざかるに従つてその価格を減ずるという逓減性を有している、かかる要素について、各換地の特殊性を算定するため、本件土地区画整理事業においては、この逓減率を土地評価基準一七条及び同条の二のように定めて、個々の換地について計算した。

(2) 側方路線影響

二つの道路の交角に位置するいわゆる角地は、一つの道路に接する宅地に比較して単位面積当たりの価額が大であることは一般に認められているところである、したがつて、角地については側方路線の影響を加算することとし、その率は、土地評価基準一九条によつた。

(3) 三角形地逓減率

不整形な宅地は、整形な宅地に比べて一般にその価額は小である。しかして、不整形地は、矩形地、平行四辺形地、三角形地の部分に分離することができ、この三角形の部分について補正するため、土地評価基準においては三角形地逓減百分率を定めて、各換地について補正した。

(4) その他右以外にも換地個々の特殊性に基づいてあるいは加算し、あるいは減ずべき必要のある要素もあるが、これらについても妥当な補正を加えて、個々の換地の評価格を算出した。

(四) 土地区画整理前の路線価決定の経緯

(1) 路線価(係数)の算出

本件土地区画整理事業施行前の施行地区内の各路線について、路線価算定要領により路線価を構成する街路係数、接近係数、宅地係数ごとに係数を算出したが(その方法は、整理後の各路線について算出した方法と全く同様である。)、これらの係数の合計が路線価(係数)である。このようにして、昭和二〇年八月五日現在、すなわち広島市が原子爆弾による被害を受ける前の状態における各路線の路線価(係数)を求めた。

(2) 路線価格

次に、換地の路線評価がなされた昭和三二年一二月末の時点に従前の宅地が存すると仮定して、その時点の従前の宅地の路線価格を算出することとしたが、換地について当時の標準画地の評価額と当該画地に接する路線価係数の比がおおむね四〇〇〇対一であつたので、従前の宅地についても、その路線価係数を四〇〇〇倍して、施行地区内の全路線の路線価格を求めた。

右路線価式評価法は、前記のような利点を有する反面、機械的になるという欠点があるので、以上による従前の宅地の評価について、旧土地台帳の賃貸等級、整理前後の路線価格の均衡を考慮し、達観方式による修正を加えた。

(3) 路線価指数の決定

各路線についての右修正後の路線価格から次式により路線価指数を求め、整理前の「路線価指数図」を作成した。

各路線の路線価格÷七二=当該路線の路線価指数

(4) 路線価指数一点当たりの換算単価

路線価指数一点当たりの換算単位は四三円二〇銭であり、その算出方法は、前記(二)の(5)記載の整理後の場合と同様である。

(五) 従前地の評価

従前の宅地の各筆ごとの評価は、原則として土地台帳地積に本件土地区画整理事業換地準則一一条で定めた加算地積を加えた合計地積に当該宅地の前面の路線価格(評定単価)を乗じて算出した。このような方法によつたのは、一筆ごとの実測を行うことが、当時の事情から到底不可能であつたので、公図上の各筆の位置、形状により評価する以外に方法がなかつたこと、加算地積が間口の広狭、側方路線の影響など個々の宅地の特殊性を反映していると見ることができるからである。

(六) 清算金の算定方法

清算金の算定は、土地区画整理施行前の従前の宅地及び施行後の換地の評価額を基礎として、いわゆる比例清算方式により次のとおり算出した。

清算金の額=換地の評価額-元地額

元地額=従前の土地の評価額×(換地の評価額の総額÷従前の宅地の評価額の総額)

ところで、比例清算方式とは、土地区画整理事業施行前と後との宅地価格の総額が同額とならない場合において(換地処分がなされると、路線価及び面積が変わるので、右各総額は通常一致しない。)、その差額相当額を従前の各筆宅地価格に比例配分し、整理前と後との宅地総価格を同額として各筆の清算金を定める方法であつて、適法な清算方法である。

つまり事業施行地区内における換地についての宅地価格の総額と従前地についての宅地価格の総額とを比較し、前者の後者に対する比、すなわち、いわゆる比例比率を求め、しかる後これを各従前地の評価額に乗じて比例権利価格を求め、これと当該換地の評価額とを比較することによつて、初めて各従前地の同一区画整理事業地区内における土地価格の増進変動の有無及びその程度、範囲を客観的に数値としてとらえることが可能となるものである。

しかも、これにより清算金の徴収額と交付額の差異をほとんどなくすことができ、公平な清算を期すものであつて、法九四条の趣旨に適合するものである。

本件土地区画整理事業における従前の土地の評価額の総額は約七四億四〇〇〇万円で、同換地の評価額の総額は約七七億九〇〇〇万円であつて、右換地の評価額の総額を右従前の土地の評価額の総額で除した値である比例比率は一・〇四七二三九八一五となる。

3、4 本件第一、第二清算金決定処分の算出過程〔略〕

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件第二清算金決定処分の取消請求について

請求原因1のうち被告が本件土地区画整理事業の施行者であること、本件従前の土地(一)ないし(五)が右事業の施行地区内にあり、原告が本件従前の土地(一)、(二)の所有者であつたこと、同2のうち被告が昭和四四年七月七日付けで原告に対し本件第一処分をしたことは当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によると、被告は、本件従前の土地(三)ないし(五)の借地人は、権利能力なき社団である訴外広島戦災者同盟(代表者原告)であるとして、昭和四四年七月七日付けで本件第二処分をなし、「広島戦災者同盟仁井田教一」宛の右処分の通知書を、本件第一処分の通知書とともに送付し、同月九日原告に到達したこと、原告は、同年八月三〇日付けの行政不服審査請求書を建設大臣に対し提出したが、右請求書には、審査請求に係る処分として、(一)被告が昭和四四年六月下旬ころ法八六条の規定により決定した本件土地区画整理事業の換地計画、(二)被告が昭和四四年七月初旬ころ右換地計画に基づきなした換地処分の全体、(三)被告が法一〇三条一項の規定により昭和四四年七月七日付け計第二〇四号により審査請求人に対してなした別紙記載の換地処分と記載され、審査請求の趣旨として、右各処分を取り消すなどと記載され、右請求書に別紙として本件第一処分の通知書が添付されていたこと、原告は昭和四五年に建設大臣に対し行政不服審査請求書の補正と題する書面を提出しているが、これには、審査請求の趣旨及び理由として、借地権に関する被告の処分に対する不服を補正する旨記載されていることが認められる。

右事実によると、原告が昭和四四年八月三〇日付け行政不服審査請求書により審査請求をした処分は、本件土地区画整理事業の換地計画、換地計画に基づく換地処分の全体及び原告に対する本件第一処分のみであつて、本件第二処分は含まれていないものと認められる。

原告は、換地処分の全体の取消しを求めているので、その中に本件第二処分も含まれている旨主張するが、右認定の事実によれば、右審査請求書に記載されている換地処分の全体とは、審査請求人である原告に対してなされた個々の換地処分とは別個のものを指していることが明らかである(原告は、別個のものであることを前提として、前記補正書により個々の換地処分である借地権に関する被告の処分(本件第二処分を指すものと認められる。)を審査請求の対象として追加補正したものと認められる。)から、原告の右主張は採用しない。

なお、前記補正書は、前記行政不服審査請求書による審査請求の不備を単に補正するものではなく、本件第二処分について新たに審査請求を申し立てたものと認められる。したがつて、右審査請求の申立ては、原告が処分があつたことを知つた日の翌日から起算して六〇日を経過した後になされたことが明らかであるから、不適法である。

他に、原告が本件第二清算金決定処分について審査請求をしたことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、右処分の取消しを求める原告の訴えは、出訴期間経過後に提起されたものであるから、不適法である。

原告は、換地処分の全体の取消しを求める審査請求の中に、本件第二処分についての審査請求も含まれていると考えていたのであるから、出訴期間を経過したことについて正当な理由があり、適法である旨主張する、しかし、本件第二清算金決定処分について審査請求がなされていない以上、同処分に対する取消訴訟は、処分があつたことを知つた日から三箇月以内に提起することを要し、右期間は、不変期間とされているところ(行政事件訴訟法一四条一項、二項)原告主張のような事由をもつて当事者の責めに帰すべからざる事由に該当するものとは認められないから、原告の右主張は採用しない。

二  原告の給付請求について

原告は、被告に対し、本件第二換地処分に伴い原告に交付されるべき正当な清算金等の支払を求めているが、右訴えは、行政庁の専権に属する行政処分を司法裁判所の裁判によつて求めるに等しく、不適法である。

三  本件第一清算金決定処分について

原告は、本件第一清算金決定処分が違法である旨主張するので、以下判断する。

まず、法九四条の清算金の性質について検討する。

土地区画整理事業は、都市計画区域内の土地について公共施設の整備改善を図るとともに、土地の区画形質の変更をすることによつて土地の利用の増進と健全な市街地の造成を目的とするものである(法一、二条)。そして、法八九条は、土地区画整理事業において換地処分を行うため、換地計画を定める場合におけるいわゆる照応の原則を規定している。右照応の原則とは、換地及び従前の土地の位置、地積、土質、水利、利用状況及び環境等の諸事情を総合勘案して、指定せられた換地がその従前の土地と大体同一条件にあり、かつ、区画整理地域全域にわたるすべての換地がおおむね公平に定められるべきことをいうものと解される。ところで、土地区画整理事業によつて事業施行前の宅地全体の価格よりも施行後宅地全体の価格の方が増加するのが通常であり(本件土地区画整理事業の場合もそうであることが〔証拠略〕、右増加益が全部の宅地につき完全に平等に還元されるような換地処分がなされれば問題はないが、具体的な±地区画整理事業において、現実に行われる換地は、換地設計上の技術的制約等からある程度の不均衡が生ずることは避け難いところであり、その結果、各宅地の利用増進の度合いが一様でない場合が生じ、そのため右照応の原則に適合した換地処分がなされたにもかかわらず、換地相互間に利用増進の幅について不均衡の生ずることは避け難いところである。しかして、事業の施行によつて生じた利益は、従前の各宅地が相互にその価値に応じて事業に寄与した結果生じたものということができるから、公平の原則に照らし、施行地区内の宅地所有者等の権利者に平等に還元すべきである。このような換地相互間の不均衡を金銭でもつて調整しようとするのが法九四条の清算金の制度であると解される(同条の清算金の中には、右のような不均衡調整金的性質を有する清算金のほかに、換地不交付や強減歩の場合など法八九条の照応の原則が適用されない場合の清算金のように損失補償的な性質のものとがあるが、弁論の全趣旨に照らし、本件清算金は、後者の場合に当たらないことが明らかである。)。

清算金の右のような性質に照らすと、土地区画整理事業の結果、土地利用の増進が生じ、その利益が現実に各権利者に帰属するに至つた時点において、現実に帰属するに至つた利益の不均衡を清算金の徴収、交付によつて公平に分配すべきものである。一般に土地区画整理事業の施行地区内において、工事が概成すると、仮換地につき使用収益が開始されて、宅地の利用増進の度合いが顕在化し、工事概成時を経過すると、土地区画整理事業以外の要因により宅地の評価が変化してくるところ、清算金算定のため、宅地の評価をするに当たつては、土地区画整理事業以外の要因を排除する必要がある。このような点を考慮すると、法は、清算金算定の基準時についてなんら規定していないが、工事概成時をもつて基準時とするのが合理的というべきである。

そして、〔証拠略〕によれば、被告は、本件土地区画整理事業の施行者として、昭和二二年九月から昭和二四年三月までの間に施行地区の大部分について、逐次換地予定地を発表し、指定したこと、昭和三〇年三月ころには、仮換地の指定、仮換地上への建物等の移転、街路、公園等の本件土地区画整理事業による工事の進捗状況もおおむね八〇パーセント程度に達していたことが認められる。

したがつて、被告が工事概成時の昭和三〇年三月をもつて清算金算定の基準時としたことは合理的であり、適法というべきである

ところで、清算金算定の基準時を工事概成時としたとしても、清算金は、右の時点で支払われるわけではなく、清算金に係る債権債務が確定し、その徴収、交付がされるのは法一〇三条四項所定の換地処分に係る公告の日の翌日である(法一〇四条七項、一一〇条一項)。工事概成時に権利者間の不均衡が顕在化し、本来なら右時点で清算金の徴収、交付によつて調整が図られるべきであるから、清算金算定の基準時である工事概成時と換地処分時とが異なるときは、仮清算(法一〇二条一項)を実施することが望ましい。仮清算をしなかつたときは、不均衡の是正が、本来なされるべき工事概成時から換地処分時まで遅れる結果になつたのであるから、清算金の金額は、工事概成時を基準時とする土地評価に基づいて算定された金額とこれに対する右基準時から換地処分時までの間の法定利息額を付加したものとして定めることを要するものと解するのが相当である。

本件第一処分により清算金が決定されたのは、昭和四四年七月であり、清算金算定基準時である昭和三〇年三月から一四年以上も経過しているところ、本件清算金には、その間の法定利息額相当分が付加されていないのであつて、その点において違法であるといわざるを得ない。

被告は、利息を付するか否かの判断は、施行者の合理的判断に委ねられていると主張するが、清算金の前記のような性質にかんがみ、採用できない。

よつて、原告主張の他の違法事由について判断するまでもなく、本件第一清算金決定処分は、違法として取消しを免れないものというべきである(なお、右の場合、右処分の一部取消しをする余地はなく、全部を取り消すほかない。)。

四  結論

以上の説示に照らせば、本件第一清算金決定処分の取消しを求める原告の請求は、理由があるから認容し、原告のその余の請求に係る訴えは、いずれも不適法であるから却下することとし、訴訟費用の負担について民訴法九二条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高升五十雄 裁判官 山﨑宏 重富朗)

目録

(一) 広島市西観音町一丁目字一ノ割一三一番の一

宅地 七五坪

(二) 広島市西観音町一丁目字一ノ割一〇六番の一〇

宅地 二八・八七坪

(三) 広島市舟入本町字八ノ割堤防外六二七番の一

宅地 一一・〇二坪

(四) 広島市舟入本町字八ノ割堤防外六二八番

宅地 三八四・四七坪

(五) 広島市舟入本町字八ノ割堤防外六二八番の一

宅地 一〇坪

○別表1~8 〔略〕

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